僕は決して、絶望の末の虚無みたいなものになつてゐるわけではない。船の出帆は、それはどんな性質の出帆であつても、必ず何かしらの幽かな期待を感じさせるものだ。それは大昔から変りのない人間性の一つだ。君はギリシヤ神話のパンドラの匣といふ物語をご存知だらう。あけてはならぬ匣をあけたばかりに、病苦、悲哀、嫉妬、貪欲、猜疑、陰険、飢餓、憎悪など、あらゆる不吉の蟲が這ひ出し、空を覆つてぶんぶん飛び廻り、それ以来、人間は永遠に不幸に悶えなければならなくなつたが、しかし、その匣の隅に、けし粒ほどの小さい光る石が残つてゐて、その石に幽かに「希望」といふ字が書かれてゐたといふ話。
それはもう大昔からきまつてゐるのだ。人間には絶望といふ事はあり得ない。……人間は不幸のどん底につき落とされ、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の絲を手さぐりで捜し当ててゐるものだ。
太宰治「パンドラの匣」より
(筑摩書房「太宰治全集」第8巻P.6~7)
パンドラの匣 (新潮文庫)
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太宰 治
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コメント
希望という名の あなたをたずねて
涙ぐみつつ また汽車に乗る
なぜ今わたしは 生きているのか
そのとき歌が 低く聞える
なつかしい歌が あなたのあの歌
希望という名の マーチがひびく
そうよあなたに また逢うために
わたしの旅は いままたはじまる
藤田敏雄「希望」より
じなん さん >
これはまた渋い選曲で(笑)。