もともと、あまりたくさん書ける小説家では無いのである。極端な小心者なのである。それが公衆の面前に引き出され、へどもどしながら書いてゐるのである。書くのがつらくて、ヤケ酒に救ひを求める。ヤケ酒といふのは、自分の思つてゐることを主張できない、もどつかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思つてゐることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。(女に酒飲みの少いのは、この理由からである)
私は議論をして、勝つたためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。さうして私は沈黙する。しかし、だんだん考へてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこつちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言ひ負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言ひ争ひは殴(なぐ)り合ひと同じくらゐにいつまでも不快な憎しみとして残るので、怒りにふるへながらも笑い、沈黙し、それから、いろいろさまざま考へ、ついヤケ酒といふ事になるのである。
太宰治「桜桃」より
(筑摩書房「太宰治全集」第9巻P.378~379)
ヤケ酒を飲まない人には、ヤケ酒を飲む人の本当の気持ちはわからないのです。
そんなことはない、俺はわかる、などと言ってはダメです。
…それはきっと、わかったふりです。
「夏子の酒」で草壁くんと夏子がこんな会話してました。
草壁:「『酒は…楽しい時にのむものだ。つらい時、悲しい時にのんではいけない…。やけ酒は酒を造った者に対して失礼である』 これ、先輩の言葉です。」
夏子:「草壁さん…それ、皮肉?」
草壁:「『ただし例外をひとつだけ認めよう。それは愛する者を失ったときだ…』」
夏子:「……」
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コメント
一体なにかあったんですか。と心配したくなるような記事ですが。しかし、この太宰治の文章には自分にも思い当たるところがあります。
私はやけ酒というより、イヤなことがあった場合、缶チューハイを飲みながら、お笑い番組を見てるとスッとすることが多いです。
まあ私の悩みなんてこの程度なもんなんでしょうね。