今夜は古川まつりの前夜祭、花火大会。
自宅の窓から花火を見つめていたら、太宰の短編、「花火」の最後のフレーズが頭の中をぐるぐると。
太宰には「冬の花火」という大名作があるけど、なぜか私は「冬の花火」ではなく、「花火」。
その最後のフレーズとは、これです。
節子は、誰よりも先きに、まづ釈放せられた。検事は、おわかれに際して、しんみりした口調で言つた。
「それではお大事に。悪い兄さんでも、あんな死にかたをしたとなると、やつぱり肉親の情だ、君も悲しいだらうが、元気を出して。」
少女は眼を挙げて答へた。その言葉は、エホバをさへ沈思させたにちがひない。もちろん世界の文学にも、未だかつて出現したことがなかつた程の新しい言葉であつた。
「いいえ、」少女は眼を挙げて答へた。「兄さんが死んだので、私たちは幸福になりました。」太宰治「花火」より
(筑摩書房「太宰治全集」第5巻P.266)全部読みたい方は青空文庫でどうぞ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/264_20119.html
何で太宰がこの短編に「花火」というタイトルをつけたのか、は全部読むとなんとなくわかります。
派手に見えるけど、花火なんてものは所詮一瞬の煌き。
それを見て誰かが幸せになれば、花火冥利に尽きるってもんです。
花火終わったら妙に悲しくなってきて、ワインをがぶ飲み。
それもまた一興。